• 長野の郷土食であるおやきを
    途絶えさせないよう
    これからもおやきの魅力を
    伝え続けていきたい。

母の味を継ぐために
おやきの世界に飛び込んで。

 6年前、母が経営していたおやき屋を閉めようとした時に「私が継ぐ」と言ったのは、母のおやきの味をここで終わらせたくないと思ったからです。うちの父はとにかくおやきが大好きで、だから母もせっせとおやきを作るようになって。それが高じておやき屋を開くほどの腕前になったんですから、どれだけ父のことが好きだったのだろうと思いますけど、実は私、子どもの頃は毎日のように出てくるおやきが嫌いだったんですよ。でも東京で働くようになってみると、やっぱり母の味は忘れられないんですよね。それが食べられなくなるのは嫌だなと思って。ちょうど東京での仕事に未来図が描けなくなっていたこともあって、思い切っておやき屋を継ぐことにしたんです。
 仕事を辞めて母に弟子入りして1年。親子ですから遠慮もなくて、毎日けんかばかりでした。そもそも母の作るおやきは篠ノ井周辺に伝わる「水取り」という水分の多い生地で具を包むおやきで、とにかく難しいんです。とろとろの生地で包んでさっと両面を焼いて蒸かす「焼き蒸かし」という製法で作るんですが、慣れないうちはまず包めない。日々、少しでも母の味に近づけるよう研鑽を重ね、そうしてやっと母から「免許皆伝」の一言をもらうことができました。

長野の郷土食であるおやきを
後世に伝えていきたい。

 店を継いでスタートしたふきっ子おやき。おやき好きの方に喜んでもらうのはもちろん、おやきから離れてしまった人、おやきを知らない人にも美味しさを伝えたいと考案したのが、「和のトマトおやき」です。最初は「これはおやきじゃない」「おやきの門外漢だ」などと言われましたが、今ではうちの定番になっています。初めて買ってくれた人の笑顔、「美味しかったよ」と言ってくれた人の声は今でも忘れられません。また、うちでは夏になると篠ノ井東福寺小森地区の伝統野菜である小森なすのおやきを作るんですが、旬の野菜や地域の野菜を伝え、大切に食すこともおやきの役目ではないかと思っています。地域の方は、昔食べた味だと懐かしそうに味わってくださいます。
 そもそもおやきは長野の郷土食であり、1年を通してさまざまな行事と結びついた食文化がありました。それが世代交代とともにだんだんと薄れ、今ではお盆におやきを食べる家も少なくなってきています。食の多様化により、コンビニやスーパーで簡単に色々なものが買える時代です。地域全体で残していかないと、長野のおやき文化が失われてしまう。そんな危機感から「信州おやき協議会」が立ち上がりました。それまでおやき屋は横のつながりがなかったのですが、協議会ができたことで「信州のおやき」を広くアプローチすることができるようになったと思います。
 また、おやきを後世に伝えていくために、おやき教室も定期的に開催しています。昨年『おやきの教科書』を発刊したんですが、思った以上に手にとってくださる方が多くて。おやきってまだまだ愛されているな、作りたい人がいっぱいいるんだな、と嬉しくなりました。
 おやきは片手で簡単に食べられて、おやつにもごはんにもなる優れものです。腹持ちもよく、野菜もたっぷり入っていて、味付けは味噌や醤油といった昔ながらの発酵食品。手軽に買える完全食なんです。これからのおやきは、行事食からヘルシーな日常食へとその在り方を変えて続いていくのかもしれません。長野のおやきに新たな光を当てることで、これからもおやきの魅力を伝え続けていきたいと思っています。

(2020年9月号掲載)