志賀高原の
雄大な自然から
学ぶべきこと、知るべきことが
もっとあるはずだ。

代表取締役
小根澤 資弘
Motohiro Onezawa
生まれも育ちも志賀高原。大自然の中、志賀パークホテルを立ち上げた父の背中を見て育ちました。当時はスキーの学習旅行が盛り上がってきた頃で、全国各地から中学校や高校の生徒さんたちが志賀高原を訪れていました。今より子供の数も多かったので、ホテルも賑やかでしたね。そんな中で日本各地に特色のある学校がいくつもあることを知り、いつしか自分も県外に出てみたいと思うようになりました。念願かなって進学した東京の高校は、全寮制の男子校。全国各地から集まってきた仲間とともに過ごした3年間は、今も自分の宝となっています。
ホテルの仕事に携わるようになってから25年ほど経ちますが、この間、志賀高原を取り巻く状況は大きく変わってきました。中でもスキー人口の減少とコロナ禍の影響は大きく、各ホテルとも大きな打撃を受けました。私自身強い危機感を感じ、JTBの担当者と志賀高原ならではの商品を生み出せないか思考を巡らせていました。(2024年1月号掲載)