コロナ禍を経験し
理想の暮らしを追い求めて。

 東京生まれの東京育ち。祖父母の家が木曽にあったので夏休みには長野によく遊びに来ていたのですが、日常の中ではあまり自然を意識することなく過ごしていました。
 大学を卒業後、百貨店に勤務し、中国に赴任していた際にコロナ禍に巻き込まれました。情報が錯綜する中、マンションに閉じ込められ、食料品はドアノブに掛けられるような日々を過ごす中で、人生は何が起こるかわからないということを痛感しましたね。自分もいつコロナに罹るかわからない、いつ死ぬかわからないと思った時、改めて自分のやりたいことをやる人生を歩みたいと強く思いました。それで、コロナ禍後の2022年に、妻と2人で夢だった世界一周の旅に出たんです。
 さまざまな国を巡り、世界中の素晴らしい文化や、そこに生きる人たちの息吹を感じる中で、特に感銘を受けたのがスイスやニュージーランドの人たちの暮らしでした。自然とともにゆったりと生きる日々の美しさに、自分たちもこんな暮らしをしたい、こんな生き方をしたいと、日本に戻ってすぐに移住を検討。妻が飯綱町の物件を見つけ、現地を見て自然の豊かさ、美しさに感動し、即決で移住を決めました。
 実際に暮らし始めてからは、何気ない毎日が新鮮な発見で彩られています。春の柔らかな木々の芽吹き、夏の力強い空の青、色鮮やかな錦秋、初めての雪かき。これまで「旅」でしか見ることのできなかった風景が暮らしの一部にある。本当に贅沢な時間だと思っています。

飯綱町の特産品「りんご」が
形を変えて世界へ。

 移住後の2023年5月に地域おこし協力隊としてアップルミュージアムの学芸員に着任しました。そこで出会ったのが、「苹果(ピンゴ)染めグループ」の皆さんです。
 飯綱町は多品種りんごの産地として有名ですが、その栽培過程では剪定した枝や摘果された実など、捨てられてしまうものも多いです。そんなりんごの枝の樹皮を再利用して染める「りんご染め」は、りんごの品種や剪定の時期によって色が微妙に変化する一期一会の草木染めで、知れば知るほど、この素晴らしい技術をもっと広くPRすることができないだろうかと考えるようになりました。
 そんな時、妻の縁で「再倖築」という古着のリメイクをベースとするファッションブランドに「りんご染め」を提案する機会を得て、タッグを組むことに。最初は半信半疑だった苹果染めグループの皆さんも、染料の準備や染め作業など多くの時間を使って協力してくださり、素晴らしい作品に仕上げることができました。
 昨年3月にパリで行われたファッションウイーク期間中に、「シャングリ・ラ ホテル パリ」でファッションショーが開催され、「りんご染め」を身につけたモデルがランウェイを歩きました。飯綱町の「りんご染め」が、世界にお披露目された瞬間であり、現地でも大きな注目を集めることができました。
 今回のプロジェクトによって町内でも「りんご染め」に関心が集まり、高校の卒業記念に生徒たちがハンカチを染めるなど、さまざまな展開が始まっています。グループにも新たな参加者が増え、メンバーの皆さんにもこれまで培ってきた技術が継承できると喜んでいただき、本当に挑戦してよかったと思っています。私自身は昨年新たに会社を立ち上げ、これから本格的に映像制作やSNSの運用に力を入れていく予定です。長野県の広報パートナーにも選出していただいたので、今後は移住者目線、生活者目線で、飯綱町の、そして長野の素晴らしさを広く発信していきたいと思います。

(2026年6月号掲載)