知恵の神として崇められる
天八意思兼命を祀る中社。
修験道が盛んであった平安時代、修験者の一人であった学門行者によって奥院が開かれ、次いで康平元(1058)年に宝光院、寛治元(1087)年に中院が建てられました。中院は、宝光院と奥院の中間にあることから中院と呼ばれるようになり、鎌倉時代初期には、この3院制で比叡山延暦寺の末寺「戸隠山顕光寺」となったのです。
中院の御祭神は、天八意思兼命であり、神仏習合の時代の本地仏は、お釈迦様でした。天八意思兼命は、天照大神が岩戸に籠って世の中が真っ暗になったときに、天細女命が岩戸の前で舞を踊って賑やかにし、不思議に思った天照大神が岩戸を少し開けたところで、天手力雄命が岩戸を一気に開いて天照大神をお迎えしようという、アイデアを出した神様です。このことから、天八意思兼命は知恵の神様として学業成就に御神徳があるといわれています。
本殿は昭和17(1942)年に焼失し、昭和31(1956)年に再建されました。幕末から明治にかけて活躍した河鍋暁斎による龍の天井絵もこの火災で焼けてしまいましたが、東京藝術大学や多くの方々の尽力によって復元され、現在も本殿の天井絵となっています。また、神仏分離令の際に釈迦如来像は山を下り、長野市の地蔵院に安置されています。