• 日本に2つしかない
    五稜郭の存在を
    もっと多くの人に
    知ってほしい。

      • 佐久市教育委員会
        社会教育部 文化振興課
        文化財保護係長・学芸員

        生島 修平

        Shuhei Ojima

      • 史跡龍岡城跡ガイダンスセンター(五稜郭であいの館)
      • 佐久市田口2975-1
      • 9:00~17:00(4月~11月)9:00~16:00(12月~3月)
      • 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
      • 0267-82-0230
      • https://www.city.saku.nagano.jp

歴史へのあこがれが
今の自分につながっている。

 真田十万石の城下町である、長野市松代で生まれ育ちました。町内には多くの史跡があり、小さい頃から歴史が身近に感じられる環境だったことで自然と歴史好きに。父も歴史が好きだったので、博物館や史跡によく連れていってもらっていました。その興味、関心は成長しても尽きることなく、大学でも日本史を専攻。学芸員を目指して大学院で学びを深め、その後、佐久市とのご縁をいただくことになりました。
 佐久市教育委員会の学芸員として、龍岡城五稜郭に関わるようになって約10年になります。五稜郭といえば函館五稜郭を連想するかと思いますが、佐久市田口にも五稜郭があり、日本に2つしかない五稜郭のうちの1つになります。昭和9(1934)年に国史跡に指定されましたが、明治時代から城内に学校があったため、全国でも珍しい史跡となりました。敷地内に現存する「お台所」は、昔は子どもたちが音楽や家庭科などを学ぶ教室として使われていたそうです。地域の方に親しまれ、愛される史跡として、歴史の波に揉まれながらも現在まで大切に守られてきました。
 私が着任した当時はまだ佐久市立田口小学校があり、子どもたちの元気な声が響いていましたが、令和5(2023)年3月に閉校。「史跡龍岡城跡整備基本計画」に基づいて、龍岡城五稜郭の保全や整備、研究、情報発信や認知度向上など、さまざまな側面から文化財保護に取り組んでいくことになりました。

日本に2つしかない
五稜郭の歴史を伝えたい。

 龍岡城五稜郭は、田野口藩主であった松平乗謨によって造られた西洋式城郭です。幕末の元治元(1864)年に着工し、慶応3(1867)年に竣工しました。乗謨は幕府の要職を歴任するなど天賦の才と先見の明があったとされ、築城にあたりフランスのヴォーバン元帥が確立した星形城郭の設計法をいち早く取り入れました。その後すぐに明治維新を迎え、廃城となってしまいましたが、地域の方々の手により佐久の地に貴重な五稜郭が残されてきました。
 龍岡城五稜郭では、特に石垣を見ていただきたいですね。堀の内側は当時のまま残っていると思われ、特に砲台下は、他と違って亀甲積みといわれる頑丈な石垣となっています。5つある稜堡(角)を巡って、どの石垣が違っているか探してみるのもおもしろいかもしれません。
 築城主の松平乗謨は明治時代に入ってからも時流を読み、大給恒と名前を改め、勲章制度の確立や日本赤十字社の前身となる博愛社の設立にも貢献しました。そんな彼の生涯と、彼が残した龍岡城五稜郭を多くの方に伝えたいと、今年4月に「史跡龍岡城跡ガイダンスセンター」をリニューアルし、松平乗謨の生涯を映像でまとめたシアターやパネル等を展示公開しています。どなたにも興味を持っていただけるよう、多くの方にご協力いただきながら作り上げた展示室は一見の価値ありです。20名以上の団体の方は、ご予約いただければ龍岡城五稜郭保存会のガイドがご案内し、普段見ることのできない「お台所」の内部も見学することができます。
 また、龍岡城五稜郭は春は見事な桜を、秋は美しい紅葉を楽しむこともできます。徒歩で30分ほど山道を登れば、展望台から星形の五稜郭全体を見渡すことも。今年の秋頃から段階的に発掘調査が行われる予定ですので、今後、さらに変わっていく龍岡城五稜郭の景色を楽しんでいただきたいと思います。

(2026年9月号掲載)