日本に2つしかない
五稜郭の存在を
もっと多くの人に
知ってほしい。

生島 修平
Shuhei Ojima
真田十万石の城下町である、長野市松代で生まれ育ちました。町内には多くの史跡があり、小さい頃から歴史が身近に感じられる環境だったことで自然と歴史好きに。父も歴史が好きだったので、博物館や史跡によく連れていってもらっていました。その興味、関心は成長しても尽きることなく、大学でも日本史を専攻。学芸員を目指して大学院で学びを深め、その後、佐久市とのご縁をいただくことになりました。
龍岡城五稜郭は、田野口藩主であった松平乗謨によって造られた西洋式城郭です。幕末の元治元(1864)年に着工し、慶応3(1867)年に竣工しました。乗謨は幕府の要職を歴任するなど天賦の才と先見の明があったとされ、築城にあたりフランスのヴォーバン元帥が確立した星形城郭の設計法をいち早く取り入れました。その後すぐに明治維新を迎え、廃城となってしまいましたが、地域の方々の手により佐久の地に貴重な五稜郭が残されてきました。(2026年9月号掲載)